書評・読書記録

「世間とズレちゃうのはしょうがない」を読みました。

養老孟司と伊集院光という異色の対談本。

どこに繋がりがあるのかと思うが、実は日本ゲーム大賞で司会が伊集院光、選考委員長が養老孟司だったという縁があるのだ。

伊集院光といえば、ラジオパーソナリティーやクイズ番組で博識なイメージもあるが、NHK Eテレ『100de名著』で司会として鋭い着眼点と質問をしており、聞き手としても高い能力を発揮している。

2人は「世間とのズレ」と、どのように折り合いをつけてきたか、また「世間とのズレ」に悩んでいる人へのアドバイスとなる一冊である。

著者紹介

養老孟司
1937
年生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。2003年に発刊された『バカの壁』(新潮社)は440万部を超え、戦後日本におけるベストセラー歴代4位となっている。

伊集院光
1967
年生まれ。三遊亭楽太郎(現・6代目円楽)に入門し三遊亭楽大として活動。その一方、伊集院光の芸名でラジオ番組に出演し人気を博す。現在、TBSラジオの深夜番組『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』、TBSラジオの朝の平日帯ワイド番組『伊集院光とらじおと』と人気番組を務める。

世間とのズレはどこにある?

多様性だの個性だの、果ては画一的なサラリーマンは時代遅れだの、声高に叫ばれている世の中、よく見ると社会からズレを感じる自分に必死に正当性を持たせるようにしか思えてならない。

一体、世間とのズレとは何で、ズレるとはどのような事だろうか。

まず、世間とは何か、そのズレと感じる境界とは何かについて、養老孟司は次のように述べている。

生きている人と死んでいる人、都市と自然、意識と無意識、秩序と無秩序、それが世間の内と外に対応するんです。

大きく言えば、人が作り出した常識的な概念を世間と呼んでいるが、その内と外は、これだけ細分化できるのだ。

その境界線上を歩く、つまり「塀の上を歩くのが芸」として、伊集院光も次のように述べている。

お笑いはもう世間の外ではないと思っています。「外」に見せているけれども実はギリギリ「内」。世間が「空気を読まない芸人がおもしろい」という空気なら、その空気を読んで空気を読まない芸人のふりをする、という。

そして、養老孟司は、その境界線上にある壁が問題なのだと喚起しているのだ。

僕が今までまじめに書いたり話したりしてきたのは、世間の内と外の間にある壁についてなんですね。その壁については、普段あまり意識されないので。だって普通の人は九割以上、まともな社会で安心して暮らしているわけだから

意識していなくても基本的に皆はみ出すほどズレたくない、しかし、少しズレているのは面白いと感じる訳である。

一方、別に面白さを求めていない人にとっては、ズレはメリットでも何でもない。むしろ、ズレてしまっているという不安に襲われてしまう。

そして、伊集院光は次のように情勢を見ている。

内と外の話ですが、今の世の中はちょっと極端になっていると思うんです。ガチガチに縛りつける世間と、はみ出て孤立している人間がいて、その中間点を許しません。壁が高いというか、内の人はそこをはっきり分けようとするし分けられると思ってる。

二軸あることの大切さ

さて、中間点を許さなくなってきた世の中で、どのように立ち回れば少しズレてしまった人が報われるのか。

先ほど、「都市と自然、意識と無意識、秩序と無秩序」と世間と言われるものを細分化したが、恐らく誰しも普通の人でもズレを感じて生きているのだと思う。

田舎から都会に出てきた時のズレ無意識下で行われる癖のようなズレ苦手分野なのに無理やり秩序に嵌め込まれて悩むズレ

本書では、悩んで苦しい時に、二軸を持つことの大切さについて述べている。

僕が若いときは、学校の先生もそうだったけど、「仕事がうまくいかなかったら、田舎に帰って百姓やります」ってごく普通に言ってたからね。都会と田舎、二つの軸があったんです。

学校が辛かったら自宅や別の施設で勉強する選択肢があって良いし、経験をそれなりに積んだのなら独立してみてダメなら就職する選択肢もあって良い。

どっちかでズレを感じても、どっちかでは受け入れて貰える。そんな安心感が、自分のズレと折り合いをつける秘訣かもしれない。

まず、二軸を持てる環境を作ること。

そして、それでも苦しかったら、時には片方から外れる大切さも説いている。

耐えられないくらいの痛さだったら、一度外れたほうがいいのかも。外れたままでもいいし、外れたところが違うと思ったのなら戻ってきてもいい。そして、戻ってくるときには何か以前とは違うものが見えたり、得られたりしているかもしれません。一度外れることを勧めるのはそういう意味です。

知らず知らずに世間からズレて、気がついた時には次の世界も見えずに孤立してしまう恐怖。それを回避するためにも、自分から外れて別の世界に飛び込むことが重要なのである。

おわりに

ズレることは悪いことではないが、ズレてしまうと孤独さに悩まされる。

ネット社会にいると、好きな人、好きな情報しか触れなくなり、自分とズレている人を外に追いやりたくなってしまう。

しかし、ふと自然や外に目を向けてみよう。

自然環境はもっと緩やかで寛容である。自然には境界線もないし、共生し、多様な生物で溢れている。

最後に、この一文を引用して終わりにしたいと思う。

シーラカンスのままで来るのもありだし、ヒトまで行っちゃうのもあり。両方とも現代まで生きているんだから。

・書籍情報
『世間とズレちゃうのはしょうがない』
養老孟司・伊集院光(PHP研究所)




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