ふと、電子書籍のセールを眺めていたら、京極夏彦の名前を見つけた。
タイトルと見ると『地獄の楽しみ方』
どうやら本書は、講談社にて2019年7月27日に一般公募の15~19歳の聴講生50名を対象に行われた特別授業を元に構成されたものらしい。
10代に語る「地獄の楽しみ方」とは一体。
著者紹介【京極夏彦】
京極夏彦は、百鬼夜行シリーズを代表にオカルトと論理的な推理小説が合わさった独自の世界観でファンの多い作家である。作家以前にはグラフィックデザイナーを仕事とし、また水木しげるを師と仰ぐ妖怪研究家の顔も持つ。
百鬼夜行シリーズは一冊が800〜1,000ページもありレンガ本とも呼ばれる分厚さだが、ハマると一晩で読み切ってしまう面白さがある。
そのレベルの高さは、暇つぶしで書いた『姑獲鳥の夏』を講談社ノベルスに持ち込んだところ、それを読み始めた編集者は1日で目を通し終え、まず「著名な作家が編集部のリテラシーを試しているイタズラでは」と感じたという逸話すらある。
地獄の沙汰も自分次第!?
本書(この講演)は、10代がこれからを生き抜くためのアドバイスとして、「言葉の罠にはまらないために」と「地獄の楽しみ方」の2部構成になっている。
言葉が持つ能力
京極氏は「言葉は人類最大の発明である」と言っている。人間以外の動物もコミュニケーション能力を持っているが、人間ほど言葉を巧みに使いこなしている動物はいないのだ。
そして、言葉とは、概念であり、不完全なものであるという事を理解しておく必要がある。
具体的な例として「犬がいたよ」という例が挙げられている。
この一言だけだと、人はそれぞれ違った犬を思い浮かべるだろう。
もう少し具体的に「びっくりしたよ!小さな犬がいたよ!」と言った人がいるとする。
これも、言った本人は(セントバーナードにしては)小さな犬がいたと言ったつもりでも、聞いた人はチワワを思い浮かべるかもしれない。
これを踏まえて、本書ではSNSがなぜ炎上するかについても触れている。
詳しくは、本書にて…と言いたいところだが大事なキーワードを引用しておく。
「第一部のキーワード」
「小説は行間、あるいは紙背を読むことによって楽しむもの」
「言葉は通じないんです。」
「あなたの書いた文章は、あなたの思うとおりに受け取られることは、まずありません。」
「すべての読書は誤読である」
SNSをしないか、言葉の通じない人を相手にするだけ無駄なのである。
京極流「地獄の楽しみ方」
第一部では、言葉の重要さを述べた。第二部では、それに基づき地獄(世の中)をどう楽しむかを述べている。
言葉は伝わらない。そのために少しでも語彙力を増やすべきである。語彙力を増やすには本をたくさん読もう。小説家の講演として流れるような誘導である(笑)
では、もしつまらない本に出会った時はどうすれば良いか。
ここに「地獄の楽しみ方」のヒントがある。
「第二部のキーワード」
「その本ができるまでの過程に、何人もの人が読むんです。少なくとも作者と、編集者の何人かは面白いと感じている」
「嫌いなことをやらずに済むように、頭を使うしかない」
「本の中にはもう一つの人生があります。」
面倒くさいことを回避するために努力は惜しまない。これは私も常々実践していることである。
おわりに
このような講演や自己啓発本を読んで「よし、実践しよう!」「さすが、偉い人の言うことは違う!」となる人がいる。
しかし、本書では、そんな人にいきなり釘を刺している。
世の中には、役に立ちそうな、それらしいことを言う人はいっぱいいますね。みんな、良いことを言います。それを聞いて、「ああその通りだな、これは役に立つな、いいことを聞いたな」と思うこともあるでしょう。
でも、だいたい役には立ちません。(中略)
ですから、僕がこれから話すことをそのまま聞いて、「ああ、役に立つな」なんて思わないでください。役に立てるにはどうしたらいいかを考えてください。
本を読むこと、言葉を使うこと、嫌なことを避ける努力、全ては自分の頭を使う必要がある。
普段、何気なく使ってしまっている「言葉」というものの重みを改めて実感する講演本であった。