地面師とは、土地の持ち主になりすまして勝手に売買してしまう詐欺集団のことである。
最近では、2017年に積水ハウスが55億円もの詐欺にあったことは、新聞でも大きく報道されて記憶に新しい。また、アパホテルグループも12億円もの詐欺にあっている。
何故、大企業が騙されてしまうのか。
本書は、実際の関係者にも取材し、その巧妙な手口を明らかにしたノンフィクションである。
著者紹介【森功】
著者の森功は、「週刊新潮」編集部を経て、2008年と2009年に2年連続で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を受賞、2018年に「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」を受賞したノンフィクション作家である。
積水ハウス事件とは
事件の舞台となったのは東京都品川区のJR山手線の五反田駅から徒歩3分にある旅館「海喜館」である。
2017年6月1日、旅館の持ち主の親類から頼まれた弁護士から通報を受けた大崎警察署の捜査員が現場に駆けつけた。
住宅大手の積水ハウス工務部員が、まさに測量を始めようとしていたところでの出来事だったという。慌てた積水ハウス側が近所の商店に、旅館の持ち主と名乗る女性の写真を見せると違う事が判明。
積水ハウスは、この旅館の持ち主と名乗る女性側と約600坪の旅館敷地を70億円で購入する売買契約を締結。6月1日に売買の窓口となった会社にに所有権移転の仮登記、さらに同日、積水ハウスに移転請求権の仮登記がなされ、同日、売買代金のうち63億円を支払い、直ちに所有権移転登記を申請していた。
63億円のうち、預かり金7.5億円を相殺し、被害総額は55.5億円と言われている。
地面師といえども完璧ではない
前代未聞の巨額の地面師詐欺は防ぐ事ができなかったのか。
下記の事例は、本書に掲載されていた地面師事件の被害額と地面師側が犯していたミスである。
積水ハウス事件 55億5000万円
成り済まし役が五反田生まれなのに「私の田舎にもね、桜の綺麗なところがあるのよ。私も帰って桜が見たいわ」と致命的な発言をしている。他にも干支を間違えるなど、怪しい点はあり、同様な話を持ち込まれても断った会社もあったらしい。他にも杜撰な点が多い。
富ヶ谷事件 6億5000万円
本来の地主は台湾華僑であるのに、成り済まし役の生年月日が印鑑証明とパスポートで異なるという致命的なミスをしていた。またパスポートの発音表記も間違っており、生年月日も和暦で記載されている杜撰なものだった。
アパホテル「溜池駐車場」事件 12億6000万円
本来の所有者は高齢で認知症により施設に入居していた。
これらを見ると、少し冷静に考えたり調べれば防げたような気がする。それでも有名企業が騙されてしまうのは何故か。
何故、人は騙されるのか
地面師というのは、戦後の焼け野原から存在している古典的な詐欺師集団だという。
不動産取引の業界では、当然警戒すべき存在なのだろう。
それでも、いつの時代も騙されてしまうのだ。
それは「どうしても欲しい土地(大金)」「面倒くさい手続き」「限られた時間」というような要件が揃っているからである。
もちろん、近年の技術向上により、印鑑証明の偽造などは簡単には見抜けないといった問題もある。
例えば弁護士事務所が取引場所であったり、身寄りのない高齢者など所在が確認しにくいことがある。また、地面師グループが容易に逮捕されなかったり、逮捕されても起訴までいかないのは、所有権移転までに何社もダミー会社や転売差益目的の会社を仲介したりしているからでもある。
しかし、騙されてしまう何よりも大きな要因は、誰もが欲しがる一等地を目の前にすると買い主側は何としてでも手に入れたいという焦りが出てきてしまうからだろう。地面師側もそれがわかっていて取引を急かすのだ。
地面師は、先ほどの要件を満たすため手を変え品を変え、企業に迫ってくる。
そのため多少のミスがあっても騙されてしまい、騙された後に「あの違和感は、やっぱり詐欺だったのか」となるのだ。
結果だけ見ると見抜けそうな要素はあるものの、これが大金が動く怖さなのだろう。
おわりに
不動産関係の仕事でもなく、地主でもない限り、普段生活する中で地面師詐欺に巻き込まれるような状況は少ないと思う。
ただ、それだけで自分には全く関係のない本だと判断するのも早い。
このような心理状態を利用した詐欺は規模が違えども誰にでも起こりうる事であるし、全ての仕事における確認することの大切さを学ぶ事ができる。
・書籍情報
『地面師』森功 講談社