書評・読書記録

『わが記憶、わが記録 堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』

オーラルヒストリーとは、その名の通り口述歴史のことである。

本書では、政治・経済・文化の専門家が本人にインタビュー形式で、生い立ちから始まり、関連する様々な出来事を振り返ってもらっている。日経新聞の「私の履歴書」のインタビュー版のようなものだ。

ちなみに、タイトルにある「堤清二×辻井喬」とは2人の人物ではなく、堤清二は本名で経営者として、辻井喬はペンネームで作家としての名前だ。堤清二は、大企業グループの経営者としての顔だけではなく、主に詩でも数々の賞を受賞している作家としても有名なのである。

堤清二とは

堤清二は1927年に生まれ、インタビューは2000年ぐらいまで振り返っている。堤清二は、西武鉄道の創業者で衆議院議長まで務めた堤康次郎の内縁の妻(後に正妻)の息子として生まれた。出生からして波乱の人生である。

その後、東大に進学し、一時は共産党に入る。卒業後は、西武鉄道を弟の堤義明が引き継ぎ、堤清二は不振の西武百貨店に入社。西武百貨店の立て直し、無印良品やファミリーマートなどを生み出したセゾングループを作り上げながら作家としても活躍した。

1927年生まれということは、終戦時に18歳と多感な時期を迎えている。同世代には読売新聞の渡邉恒雄がおり、渡邉恒雄も共産党に入党した同じような経験を持っている。以前、石原慎太郎の対談も読んだが、日本の戦前戦後を経験した大物の価値観の変動は興味深い。

そして、この時代の人物たちは、戦前戦後の日本の発展を支えた錚々たる面々である。また、作家としては三島由紀夫などと交流もあり、堤清二がどのような価値観を持っていたのか。

これが、読んでいて面白くないわけがない。

セゾンは堤清二だからこそ誕生し、解体された

この世代にありがちな戦後は社会主義に思想が大きく傾くも、成功したの小売業という経済の世界。経営者となった後も根底には「反体制」の思想は持ち続け、芸術や文化も重視していた。

そのため、堤清二×辻井喬は、反体制でありながら自己批判を繰り返し、一見矛盾してるような行動もとっている。

本書を読み進めていくと、残念なことに、そこがセゾングループ崩壊の一因にもなっているのもわかる。

もう少し経営者よりに傾いていたらセゾングループの崩壊はなかったかもしれない。

一方で、経営者として傾きすぎていたら、無印良品やパルコなどは生まれなかったかもしれない。

後継者の育成と外部からスカウトの話、歴代総理など政治家との関係、芸術文化に関心があったからこそ出会えたロックフェラーとの話、これらの大物との交流の広さは堤清二だからこそと言える。

ただ、ガムシャラに企業を大きくした経営者と違い、そこには文化を大切にし、かつ先見の明のある人間味溢れた人物像があった。




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