調子に乗って村上春樹3作目。「アフターダーク」を読みました。
これは「この作家この10冊」でも勧められていたので読んでみたのですが・・・。
いやいや、村上春樹ワールドが来ましたよ。
読もうと思えばさっと読めます。しかし、すっきり感はゼロ!謎は全て謎のまま終わってしまう「アフターダーク」
どのように解釈すればいいのか、難しい一冊でした。
「アフターダーク」ってこんな小説
あらすじ
深夜0時を回るほんの少し前、上空から都会を見つめる一つの視線がある。
その視線の先にいるのはマリという女性だ。彼女はファミレスで夜が明けるのを待っている。
ほぼ同時刻、その視線はマリの姉エリが眠っている姿を捉える。
ファミレスで出会ったエリの友人の高橋。高橋の知り合いであるラブホテル「アルファヴィル」のマネージャーのカオル。アルファヴィルで暴行事件を起こし逃走した白川。
これらの登場人物を巡る夜の街で起きた事件と人間模様。そして、眠ったままのエリの部屋で起きる謎の現象。
視線は傍観者としての立場のまま淡々と夜が明けるのを見守る。
傍観者である我々はこの一夜の出来事から何を感じ取るべきか。
読者に委ねられた難解な一冊である。
表面的な解釈
何の前情報もなしに読んで汲み取る事ができた意味を書いてみたいと思います。
アフターダークは、その名の通り日没後の闇から小説は始まり、夜が明けていくまでの時間が書かれています。
この闇の時間帯には平然と行われるような暴力もあり、闇と平穏を隔てる壁のようなものは存在しません。
代表的なセリフがいくつかあります。
(裁判を傍聴した高橋のセリフ)
「二つの世界を隔てる壁なんてものは、実際には存在しないのかもしれないぞって。もしあったとしても、はりぼてのぺらぺらの壁かもしれない。ひょいともたれかかったとたんに、突き抜けて向こう側に落っこちてしまうようなものかもしれない。というか、僕ら自身の中にあっち側がすでにこっそりと忍び込んできているのに、そのことに気づいていないだけなのかもしれない。」
マリもエリの症状や中国留学などの不安から「闇の中というか一種の異界の中」へ足を踏み入れます。
しかし、マリは高橋やカオルやアルファヴィル従業員のコオロギとの会話を経て、暗闇から抜け出すことが出来ます。
一方、闇の象徴とされる白川は当然として、高橋、カオル、コオロギも闇を抱えたまま生きています。何かの拍子でもっと深く落ちてもおかしくは無いのです。
夜の都会から抜け出したマリは、眠っているエリの寄り添い、エリは微かであるけれど希望の変化が表れて小説は終わります。
が、何か釈然としません。
それは、散りばめられた謎も事件も全て何一つ解決していないからです。
この小説はミステリーではないので謎が解決される必要はないのですが、何かモヤモヤとしたものが残ります。
その謎やモヤモヤ感をいくつかピックアップしてみましたので、次の章で考えて生きましょう。
「アフターダーク」に散りばめられた5つの疑問
①何故、エリは眠ったままなのか
ウィキペディアによると「アフターダーク」は、ロベール・アンリコの映画「若草の萌えるころ」を題材に自分なりに書いたとされています。
「若草の萌えるころ」では、エリに該当する叔母さんが危篤で死に直面し、マリに該当する主人公が何故か家に向かう事が出来ずに夜の街を彷徨います。
この解釈は、単純にエリを危篤にしたら映画そのままであるし、村上春樹といえば異界と現実の繋がりを示した世界観ですね。
そういう意味で、謎の眠った症状にして異界の世界観を表したかったのではないでしょうか。
ただ、下地になっている映画を知らないと検討もつきませんね。
②顔のない男は誰なのか
眠ったままのエリが、テレビ画面の向こうへ飛ばされた時に表れた男です。
眠っているエリを見つめるスーツの白髪混じりと思われる疲弊した様子の男。
そこは白川が深夜に働いてたオフィスにそっくりな部屋。
しかし、この男は白川ではないと思います。
暴力的な様子はありませんし、現実世界の白川と異世界の顔のない男がリンクしている様子もありません。
それなら一体誰なのか・・・思い当たる節が小説内に無いんですよね。
気になるのは、高橋の「君のお姉さんはどこだかわからないけど、べつの『アルファヴィル』みたいなところにいて、誰かから意味のない暴力を受けている。そして、無言の悲鳴を上げ、見えない血を流している」というセリフがあります。
意味のない暴力、謂れのない暴力をした白川と、精神的な世界に閉じ込められてしまったエリを単純にリンクさせているだけなのでしょうか。
それでも顔のない男の正体は繋がらないので、やはり謎のままです。
③高橋は映画の結末について嘘をついたのか
第9章で、ファミレスでマリと高橋との会話のシーンがあります。
高橋は自分の生い立ちを語った後、「『ある愛の詩』って見たことある?」と尋ねます。「ある愛の詩」とは以下のようなストーリーで、高橋はそれについて話し始めるのです。
~主人公の裕福なオリバーと貧乏なジェニファーが、親に勘当されながらも結婚し、貧しいながら生活を送る。その後、オリバーは苦労の末、弁護士になり法律事務所に就職する。~
ここまでは小説内でも語られ、映画もストーリーと合っています。
その後のストーリーを高橋は「ハッピーエンド。二人で末永く幸福に健康に暮らすんだ。~中略~ 一方、勘当した父親の方は糖尿病と肝硬変とメニエール病に苦しみながら孤独のうちに死んじゃうんだ」と語ります。
しかし、実際の映画は違います。
ジェニファーは白血病になり、オリバーは高額の医療費を自分の父親に求めるが、彼女の病状は好転せず亡くなってしまいます。『愛とは決して後悔しないこと』という生前ジェニファーがオリバーに残した言葉をオリバーが語り、オリバーは2人の思い出の場所に行き、その場所を眺めて終わります。
いうなればバッドエンドの中で愛の大切さを見つめなおすのです。
「不幸の中でも大切なものを見つける映画」と「平穏と闇は紙一重と語る高橋」
「なかなか面白い映画」と言って話し始めたのに、最後は「どこが面白かったんだろう。よく思い出せないな。用事があって、最後の方はよく見なかったんだ。」と言っています。
映画ではオリバーと父親は和解しています。
一方、高橋は母親が亡くなった時に父親は刑務所におり、父親と再会しても心の底から安心できず、「お父さんはたとえ何があろうと僕を一人にするべきじゃなかったんだ」と言っています。
映画でオリバーが父親と和解したシーンを高橋は受け入れられなかったのかも知れませんね。
④高橋とエリは関係があったのか
高橋とカオルの関係は、高橋がとある女の子とアルファヴィルに入ったもののお金が足りなくなったことから始まります。
マリは、高橋とエリについての会話を重ねるうちに、高橋とホテルに入ったのはエリではないかと質問します。
高橋はエリとたまたま会い、エリが一方的に家族や薬や個人的な話を打ち明けてきたと言っています。
しかし、高橋とエリの関係は、マリを含めて複数で一度遊んだきりです。そんな相手に個人的な打ち明け話をするでしょうか?
考察は1章に飛びますが、1章でマリと高橋は次のような会話を交わしています。
高橋「しかし君のお姉さんは美人だったよな」
エリ「それ、どうして過去形で言うわけ?」
さらにエリについて「関心っていうか、つまりさ、それは知的好奇心みたいなものなんだよ」と言っています。
女性に対して「知的好奇心」で関心があるか判定するというのは、何か違和感があります。
過去形になっているのはエリとホテルに入り、エリに対する知的好奇心は満たされたからなのかもしれません。
そして、いまマリに付きまとっているのは、エリからマリに知的好奇心が移ったからという可能性も考えられます。
恋愛感情ではなく知的好奇心で異性を見る。これも一種の闇ではないかと思います。
⑤突然、申し訳ない気持ちになったのは何故か
18章で帰宅したマリはベッドのエリに身体を摺り寄せます。
そこでマリは唐突に「ひどく申し訳ない気持ちになる。自分が取り返しのつかないことをしてしまった」という感情に襲われます。
これはいつに対する気持ちなのでしょうか。
この一夜の間の出来事についてでしょうか、この一夜にたどり着く前までの事でしょうか。
僕はこの一夜にたどり着く前までのエリに対する気持ちだと思います。
マリはコオロギとの会話をきっかけに、エリとエレベーターに閉じ込められた記憶を思い出します。
そして、マリはその出来事を最後にエリとの気持ちは離れていきました。
しかし、このベッドに寄り添った瞬間、マリは本当はもっとエリと仲良くできる人生を歩めたのではないか、エリが眠ってしまった原因はマリにもあったのではないか、そう思ったのではないでしょうか。
些細な2人のズレがエリを闇に落とし、異界に飛ばしてしまった可能性も否定できません。
僕の解釈の主軸は一貫して「闇と平穏を隔てる壁のようなものはなく、誰しもが些細なきっかけで人生は変わっていく」ということです。
異界の「顔のない男」だけはどうしても結び付きがピンと来ないので考察としては不完全燃焼ですが、それ以外は読み返して調べていくうちに何とか自分の中では落ち着きました。
ミステリー小説や結末がきちんと描かれている作品も読みやすくて良いですが、村上春樹を読んでいると様々な解釈を楽しめるのが文学作品の良さでもあると再認識させられますね。