書評・読書記録

【ネタバレ】「私を離さないで」を読みました【カズオ・イシグロ】

昨年、ついに村上春樹がノーベル文学賞を受賞か!?と思わせて、受賞したのは日本生まれのカズオ・イシグロ氏。

今年こそ村上春樹か!?となるところですが、今年はなんと選考委員の不祥事でノーベル文学賞が見送りという悲劇になったようです。今年は残念会すら見ることができないのは惜しいですね。

カズオ・イシグロ氏の著作は受賞後はテレビでも特集され、なかなか手に入りませんでしたが、今は普通に手に入るようになりました。

「私を離さないで」は日本でもドラマ化され、知っている人は多いと思います。

私はドラマを全く見ていなかったので、予備知識なしのまっさらな状態で読んでみました。

「私を離さないで」はこんな小説

あらすじ

優秀な介護人キャシーは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。三部構成になっており、生まれ育った施設ヘールシャムでの日々を回想していく形で物語は進んでいく。


第一部は幼少期のヘールシャムでの日々。

毎週行われる健康診断、図画工作など創作活動が重視される授業、子供たちは真実を知らぬまま様々な噂を巡らせて過ごしていく。また、親友トミーやルースとも出会う。

ある日、キャシーは「ベイビー、わたしを離さないで」という歌詞が入った『夜に聞く歌』のカセットテープが好きで、赤ちゃんを授かった母親の歌と思い込んで繰り返し聞いていた。それを聞きながら踊っていると、施設を訪れるマダムと呼ばれる女性にに覗かれる。マダムはそれを見て何故か泣いていた。

ヘールシャムを出る最後の年、ルーシー先生が我慢できずに生徒達にヘールシャムの「真実」を語り出した。生徒達は臓器提供のために造られ、中年にすらなれないかもしれない将来が決まっているので、それを自覚して夢など持たずしっかり生きるようにと。

彼らは臓器提供のために作られたクローンであったのだ。


第二部は、ヘールシャムを卒業後に過ごす集団生活の場コテージでの話になる。

そこでは他の施設出身者たちとともに過ごし、最長2年間かけて論文を書くとされているが、実際は途中でコテージを出て介護人になる訓練に行く事もできる。保護官や先生のいない環境で集団生活を行う外の世界にでる前の猶予期間のようなものである。

提供者たちはクローンであるため、当然にオリジナルがおり、それを「ポシブル」と呼んでいた。

コテージの先輩カップルのクリシーとロドニーからルースのポシブルの目撃情報を得た3人はノーフォークへ向かう。ノーフォークで見つけた人物は確かに遠目にはルースの面影が感じられた。しかし、実際良く見ると明らかに別人だと分かり、ルースは落胆する。

ところが、先輩達の目的は本来別のことであり、ヘールシャム出身者は本当に愛し合っていれば提供を3年間猶予してもらえるという噂の真相を3人から探り、自分達もそうなりたいという事だった。

残念なことにヘールシャム出身だからと言って3人はその噂が真実かは知らない。ただ、トミーは提供の猶予があるとしたら、マダムの展示館行きになった作品を参考に内面を知り、カップルの仲を判定しているのではないかと考えた。そして作品制作をさぼっていた自分を悔やみ、新たに想像上の動物の絵を描き続けた。

コテージに帰ってから、キャシーとトミーにあったことをルースが知る所となり、ルースの誘導によってキャシーとトミーは仲違いをした。キャシーは解決しようとしたが却ってルースとの仲も悪くなった。その後、キャシーは論文は未完成のままコテージを卒業し介護人の訓練に行く事になった。


第三部は、キャシーがコテージを出て 7年が経ち、ヘールシャムも閉鎖されていた。

ルースは最初は介護人になったが、最初の提供を終えて2か月、提供者となったルースの介護人にキャシーがなる。ルースは本当はカップルになるのはトミーとキャシーだった筈なのを分かってて自分が邪魔し続けた。許されることではないけど、マダムの住所を入手したので提供を猶予してもらい、2人の時間を取り戻して欲しいと2人に懺悔した。

ルースは2回目の提供後に死に、1年後、トミーが3回目の提供を終えてからキャシーはトミーの介護人になった。

ルースが手に入れたマダムの住所には、マダムとエミリ先生が暮らしていた。エミリ先生とマダムは、クローン人間にも心があり、ちゃんと教育を受けさせれば普通の人間と同じに育つ事を示そうとヘールシャムの施設を作り活動していた。

しかし、モーニングデールという科学者が、能力を強化したクローン人間を作る違法な研究をしていたことが発覚、クローン人間に対する世間の嫌悪を煽る事になり、これによりヘールシャムも閉鎖に追い込まれた。

そして、提供の猶予は単なる噂でしかなく、保護官にそんな力は無かった。ルーシー先生は、生徒達に将来を正直に教えるべきだと主張したが、エミリ先生達は生徒達に嘘を吐いてでも真摯に生きる事を教えようとした。ヘールシャムにはこのような問題も価値観もあった。

キャシーがカセットテープを聞きながら踊っていたのをみてマダムが泣いていた真相もわかた。マダムは、『私を離さないで』という曲と少女の姿に、消えつつある残酷な世界に生きる少女に胸を打たれた事を告白した。

マダムと別れしばらくたち危険な 4回目の臓器提供を迎えるに当たって死を覚悟したトミーは、醜態を見せたくないからと介護人を変える事を決意する。キャシーはそれを受け入れ、トミーの元から去った。

「私を離さないで」をどう解釈するか

さて、「私を離さないで」のあらすじを長々と書きましたが、これは単純にクローン技術の発展した世界の問題提起を言っているのでしょうか。

そうではないと思います。

なぜなら、クローン技術に対する倫理の問題だけなら人間を作り出す必要はありません。臓器のクローンを作る話にすれば良いのです。

しかし、それをせずにこの物語を書いたことに作者の真意はあるのではないでしょうか。

なぜタイトルが「私を離さないで」なのか。

これが全てを表しているのではないかと思います。

確かに、マダムは「心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱きしめて、離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれに見たのです。」とクローンという医学の発展した末の残酷な現実について言っています。

しかし、トミーは最期に「おれはな、よく川の中の二人を考える。どこかにある川ですごく流れが速いんだ。で、その水の中に二人がいる。互いに相手にしがみついている。必死でしがみついているんだけど、結局、流れが強すぎて、かなわん。最後は手を離して、別々に流される。おれたちって、それと同じだろ?(以下、略)」と言っています。

これはクローンを題材にしていますが、キャシーとトミーの恋愛小説でもあるのです。

一介のクローンを題材にした問題提起ではなく、情緒的な文章とクローン人間だからこそ際立つ切ない恋愛感情、思春期の成長過程、これらが見事にかみ合った小説だと言えます。

もし、まだ読んでいない方でしたら、このあらすじには肝心のキャシーとトミーの繊細な描写などは全て書いてないので、そちらに注目して読んでみて下さい。




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