村上春樹といえばノーベル文学賞最有力と言われながら、毎年受賞できないのが定番となっていますが、押しも押されぬ世界的ベストセラー作家なのは間違いありません。
私は高校時代に「ノルウェイの森」を最初に読みましたが、意味がさっぱりわからず挫折しました。
その後、大人になり。村上春樹作品は初期の作品から一定のテーマと、作品が進むにつれた試み、それも楽しみの1つと知りました。
そこで、今年は前知識なしに気になる小説をいくつか初期の方から読んで行こうと思います。
「羊をめぐる冒険」ってこんな小説
あらすじ~結末
広告代理店を営む僕の事務所に突然現れた黒服の男。
僕の広告に使われた「羊」を探して欲しいという依頼を受ける。依頼を受けなければあらゆるものを失うと脅され、僕は仕方なく「羊」を探す旅に出た。
その「羊」とはどうやら僕の親友<鼠>と深い関わりがあるらしい。とうとう北海道の牧場に辿りついた僕。
ここで全てのパーツが揃い、謎が解き明かされる。
「羊をめぐる冒険」はこれで幕を閉じたが、「羊」とは一体何なのだろうか。読者には謎が残されたままである。
「羊」とは何なのか、、、の前に
村上作品のレビューを読むと、彼のテーマは「死」「喪失」「異世界」といったものらしいです。
さて本題に触れる前に、あらすじにはすっぽりと抜け落ちていることがあります。
それは「女性」です。
本作でも「妻」「耳専門のパーツモデル」「誰とでも寝る女の子」が登場します。
が、しかし。
どうやら村上作品の女性は「案内役」という役割を持っているらしく、ここであまり深く嵌ると抜け出せなくなりそうなので、思い切って案内役として割り切って読み進めるが無難と判断しました。
そうすることで物語の幹の部分がわかりやすく、読みやすくなりましたので。
村上春樹研究をしながら読む場合には、この辺も掘り下げなければいけないのでしょうが、それは他の方に譲りたいと思います。
さて、「羊」とは何なのか
「羊」とは意識に入り込んでくる「悪」の象徴です。
「羊」のスタートは移動手段として「羊博士」の意識に取り付き、まず満州から日本へ渡りました。
その後、僕が依頼を受けた黒服の男の「先生」に当たる人物に取り付きます。「先生」は戦後の右翼の大物として頭角を現します。
つまり、「羊」が取り付くと自分の思考などが食い尽くされるかわりに、とてつもない力を得られるのです。(一般的に悪魔=山羊ですが、ここでは背中に星形の斑紋を持つ「羊」が悪の象徴と考えられています。意味ありげで面白いですね。)
そして、次に「羊」が目をつけたのは<鼠>です。
「羊」は<鼠>こそが悪を継承する人物として目をつけていたのです。
しかし、<鼠>は「羊」が取り付いたまま自殺の道を選びます。
「キー・ポイントは弱さなんだ」
<鼠>自身が話します。
・「羊」は<鼠>を選んで「先生」の後釜にしようとした。
・<鼠>は「羊」が入り込んだあと、それに気が付き、弱さと葛藤した。
・人間らしい弱さを大切にする<鼠>は、「羊」の絶大な力に多少の魅力を感じつつも、そこで終わりにするために「羊」を道連れにする方法を選んだ。
この行動は、弱さであると同時に強さとも言えるでしょう。
結果、「羊」を失ったことで全ての登場人物は強い喪失感を受けます。
悪を葬り去るために自身も消えなければならない喪失感。
僕は<鼠>という親友を失い、彼女も失います。
「羊博士」は「羊」の謎が解き明かされ、これまでの研究が終わりとなる喪失感を受けます。
黒服は「羊」を得る事ができず、当然、喪失感を受けるでしょう。
この物語は、「羊」をめぐる冒険ですが「羊」の謎を解くものではなく、「羊」が大きな喪失感を生み出す装置になっているのではないでしょうか。
人は生きている以上、誰しも自身の弱さによる葛藤や喪失感を抱えて生きてきます。
そんなときに、ふっと共感できると作品の良さをより感じるのかもしれませんね。
本作は青春三部作の完結編として位置づけられています。
三部作通して読むべきものなのかもしれませんが、本ブログでは誰でも楽しめる観点に主を置いていますので、1作品内での書評をしています。ご了承下さい。