「漱石の文章さえ学べば、大抵の問題は論じられる。あるいは描写出来る」と言われている夏目漱石。
その中でも名作と言われる「こころ」
教科書にも採用されるも、多くの人は単に暗い話という印象しか残っていないかもしれません。
そこで、夏目漱石の「こころ」に描かれた意図に迫ってみましょう。
「こころ」ってこんな小説
こころ
「こころ」は、1914年4月20日から8月11日まで、朝日新聞で「心 先生の遺書」として連載され、同年9月に岩波書店より漱石自身の装丁で刊行された小説です。
戦後になり、教科書に掲載されるようになり現在まで教科書や学生の推薦図書として取り上げられています。文庫発行部数は673万部として、日本では1位となっています。
何故、「こころ」がここまで評価されているのか。
教科書だけでは読み解けない部分も含めて、あらすじなどを簡単に追っていきたいと思います。
あらすじ
「こころ」は3部構成になっているのが特徴です。
上 先生と私
語り手は「私」となっています。新聞連載時は「心 先生の遺書」となっていましたが、いきなり「私」という人物の視点から話は始まります。
夏休み海水浴で「先生」と出会った「私」は、その人間性に惹かれ「先生」の家に出入りするようになります。
「先生」は毎月友人の墓参りへ行き、「私」に教訓のようなことを話します。しかし、その心に秘めた内容は先生の奥さんにも話さず、「私」にも話さないまま月日が過ぎていくのです。
来るべき時に打ち明ける、そう「先生」は「私」に約束したところで、「私」は父親の病気の経過がよくないため帰省をします。
中 両親と私
語り手は上に続いて「私」です。
帰省すると、腎臓病が重かった父親のため「私」は東京へ帰る日を延ばしていました。
そして、実家に親類が集まり、父の容態がいよいよ危なくなってきたところへ、「先生」から分厚い手紙が届きます。
その手紙は「先生」の遺書でした。
下 先生と遺書
最後は「先生」の手紙でまるまる一部となります。
「先生」の手紙には謎に包まれた過去が綴られていました。「K」や「お嬢さん」らとの関係とその顛末、なぜ「先生」が謎めいた言葉を私に語りかけていたのか、真相が明かされます。
テーマは「孤独」
時代の転換期
真相が明かされます。と書いたものの直接的には明かされないため、読者のイメージには先生の暗い過去と自殺というインパクトが残されてしまっているのでしょう。
漱石が「こころ」を書いたきっかけは、乃木希典の殉死に影響を受けたとされています。
この事件が起きた時期は、明治天皇の崩御、乃木大将の殉死と明治の精神から新しい大正という時代への大きな転換期にあたります。
漱石にとって「明治から大正」というのは、私たちにとっての現代社会に入る転換期のようなものでした。
現代という空気が蔓延しているその転換期から、大正という新しい時代を生きるために漱石は「先生」を明治の精神に殉死させたと言ってもいいでしょう。
それでは、この殉死というものは、やはり暗いものなのでしょうか。
漱石が見た先の時代
漱石にはこの時代の転換期にあるものが見えていました。
自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう
「こころ」の一節のなかで、このように述べています。
封建的、国家主義の社会から、利己主義で自由な社会への移り変わりに、漱石はこのような淋しさが付きまとうことを見抜いていました。
これは現代においても、「孤独」が問題となっており不変的なものなのかもしれません。
もちろん、封建的な社会ならば「孤独」はそれほど感じないというわけでもなく、これには賛否もあります。旧時代に戻る事が一概に素晴らしいとは言えません。
ですが、これを見るとどの時代にも同じような転換期に問題が発生し、当時も家父・師弟関係から個人主義への移行で淋しさや孤独が一層強く感じられていたのではないかと考えられます。
「K」と「先生」と「私」
最後に簡単に具体的な人物の関連性についても触れたいと思います。
「K」という人物。
彼は求道的で禁欲的な面があり、猜疑心の強い「先生」とは正反対のような人物でした。
ところが、「K」は「お嬢さん」に恋をしてしまいます。
混じり気のない人間であった「K」は、好きになってしまったことに悩み、「孤独」という感情を一層強くします。純粋であるからこそ弱さが同居するのです。
そこに、「先生」はある言葉を投げかけます。
精神的に向上心の無いものは馬鹿だ。
純粋でない実際にダメな人間に対してならまだしも、「K」に対してこれほど心を打ちのめす言葉はありませんでした。
そして、「K」は「お嬢さん」との恋を「先生」に取られ、自殺していまいます。
しかし、「K」の自殺の原因を失恋と考えていては「こころ」の意図するものとは違うでしょう。
「K」を旧時代の象徴と重ね、自殺は新時代へと対応できない淋しさと絶望により殉死したと考えるのが妥当ではないでしょうか。
「先生」との関連性
「K」と「先生」は相反する分身という見方も存在します。
求道的、禁欲的であり旧時代の象徴である「K」、猜疑心が強く利己主義であった「先生」
「先生」の中にないものを「K」が持っているのです。
さらに、「先生」は「K」の後を辿っていくような展開を見せます。
過去の「K」との関係を心に秘め悩み続け、「私」と出会い教訓めいた言葉を残し、「先生」は自殺へと向かいます。
この流れから何を漱石は伝えたかったのでしょうか。
「K」の自殺から「先生」は旧時代への尊敬と畏怖を感じ取り、「先生」は利己主義な自分と「K」への思いに挟まれながら生きてきました。
そして、旧時代的な思想のように先生と慕い続ける「私」へ、その狭間に生きた教訓を伝えるため「先生」は殉死するのです。
現代では希薄となった師弟関係や他人との繋がりが「こころ」にはあります。
これを引き継ぎ、新時代へと生まれ変わる手段として自殺は重たい印象を与えますが、「私」に「先生」は遺書を通して旧時代の純粋さを受け継ぎながらも、大正という新時代を生きる指針や糧となって欲しいと期待し、願ったのではないでしょうか。
さいごに
ほぼ原文ままの文章でも読みやすく、丁寧な描写で、とても深い内容に心を打ちましたが、当初はどうしても暗いイメージは拭えないものでした。
そこで、100分de名著の解説を頼りに、自分なりにこのように咀嚼しなおしてみたのです。
「こころ」は、人間の深いところにあるエゴと人間としての当時の倫理観との葛藤が表現されています。
ここから何を感じ取り学ぶかは読者に委ねられていますが、「K」のように純粋な人間が苦悩している時に読んでしまったら後を追ってしまうのではないか、という不安を覚えるほど惹き込まれてしまう深さがありました。
これが明治文学なら、すでにこの時代に文学は完成の域に達していたのではないかと素直に感じます。
現在、朝日新聞の連載から100年ということで再度新聞連載が始まって注目されています。これを機会に一度読んでみてはいかがでしょうか。